小林の小噺

原文パパ

いま思い出してもクヤシイ話

少し前に、仲の良い友人3人と東北に旅行に行った。仙台で車を借りて、太平洋側の海沿いを南下、福島の被災地を巡ったのちに、会津若松、山形の銀山温泉などを経由して、再び仙台に戻るという2泊3日の旅程であった。

旅は順調に進んで2日目の朝、宿泊した会津若松の宿を発ち、山形県 米沢へ向かった。「酒造資料館 東光の酒蔵」を訪れるためだ。昔の酒造りに用いた道具の展示されており、名酒として名高い東光の清酒が並ぶ直営店が併設されている、東北最大級の酒蔵である。地酒好きの私にしてみれば、山形に来て酒蔵を訪れないのは、東京に行ってディズニーランドを訪れないようなものなのだ。ディズニーランドは千葉だとか、そんな細かいことを気にする人は今すぐこの文章を読むのをやめて下さい。

もちろん、こんなにも行きたかった酒蔵に行けなかったのが「クヤシイ」なんて話ではないので安心して頂きたい。無事に酒蔵に到着した私たちは、一通り展示物を眺め、併設の直営店で土産を物色していた。私が目をつけたのが、日本で唯一、3つの梅酒大会で優勝した「東光 吟醸梅酒」だ。三冠の称号と透き通った青色の美しい瓶に心を惹かれ、すぐに購入を決めた。サイズは500mlと一升(1800lm)の2通り、迷った末に奮発して4,000円の一升瓶を購入した。流石に1升のお酒を購入するのは初めてだったので、そのサイズの酒類が機内持ち込み可能なのか不安になり、友人に「大丈夫かな、飛行機に積み込めるかな」などと興奮気味に相談したが、結局その心配は要らなかった。

各々、買った土産を車に積み、2日目の宿である銀山温泉に向かった。N H Kの連続テレビ小説おしん」で一躍有名になった温泉街だ。温泉街の中心を流れる川を挟んで、多数の旅館が立ち並んでいる。温泉街には車で入り込めないため、旅館が所有するガレージに車を停め、そこからは5分ほど歩いて向かうことになる。荷物をまとめ、車を降りる際、数刻前に購入した梅酒を持っていくか悩んだ。宿では飲むつもりのないお土産である。車に置いておけば良い。しかし、大切なモノは側に置いておきたいというのが人間の性である。しばしの葛藤の末、一升瓶の入ったビニール袋を手にし、温泉街に向かって一歩を踏み出した、その時だった。ふと手が緩み、提げていたビニール袋が真っ直ぐに落下した。高校の物理の授業で、重い物も軽い物も落下する速度は同じだと習ったが、目の前を自由落下していったあの一升瓶には通常の三倍ほどの重力加速度が働いていたのではないかと思っている。「ゴン」という鈍い音をあげて着地したビニール袋を持ち上げると、底面に空いた複数の小さな穴から勢いよく液体が飛び出した。袋の中を覗くと、いずれは花瓶にでもしようかと考えていた青く美しい瓶は粉々に割れており、もはや手の施しようがない。あまりの出来事に呆然と立ち尽くすしかなかった。大人しく車に置いておけばこんなことにはならなかった。ウキウキで飛行機に積み込めるかの心配をしていたのも滑稽である。振り返ると、あれは盛大なフラグだったのかもしれない。いま思い出してもクヤシイ。